シリーズ  私の日記から見た「共生学舎」のあゆみ(1)

私(中野 謹矢)は今年の3月末で共生学舎を卒業することにしました。12年と4か月ほどの期間でしたが、今までに経験したことのない米づくり、野菜の栽培、花壇づくり、竹林整備などの作業とともに、なんといっても様々な個性、能力を持った人たちとの出会いがわたしの退職後の生活に潤いを与えてくれました。本当にありがとうございました。
卒業にあたって、私の日記から共生学舎でやってきたこと、作業をする中で私が感じたことなどを拾い出して、共生学舎の歩みのほんの少しの部分を振り返り、記録に残したいと思います。
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2013年
私が奈良市佐紀にある田に初めて行ったのは、2013年11月5日(火)のことでした。当時、兵庫県のある私学の校長をしていたN氏からの誘いがあり、出かけてみたのでした。
「N氏の田の刈り入れに行く。ブログではたくさんの人が来ているので、てっきり数名は来ているだろうと思いきやN先生以外はだれも来ておらず。JR平城山駅から南へ自衛隊学校の北東部に田があった。30m×30mほどの田が4枚あり、その1枚をN氏と2人で刈る。田はN氏の親戚のK氏のもの。そこを借りて無農薬の米や野菜を作るということで“平城山わくわくフアーム”を立ち上げたらしい。午前10時から12時まで、午後1時30分から4時までなんとか田の4分の3を刈り終える。昨日の雨で田はぬかるみ、思うように歩けず。家に帰るとすぐ足と腰に痛みが走り、ベッドに寝込む。まさか小生以外だれもこないとは・・・」
翌6日(水)
「昨夜風呂につかり、薬を塗ったりしたためか、足の痛みはだいぶましになる。しかし、腰(特に左)は痛く、寝返りを打ったり立ち上がろうとするとビーンとした痛さが走る。今日も昼間1日中ベッドに横になり筋肉を休める。」
このように私と共生学舎とのかかわりの初日は散々なものでした。この時のことはN氏もよく覚えており、いつも、田んぼを見ては「あのときは・・・」と二人で語り合います。日記には田はK氏のものとありますが、実は県から借りているものでした。
私はモノを植えて育てることにはあまり興味がなく、何か手伝ってほしいということがあれば出ていこうとぐらいに考えていたので、N氏からのメールや電話があれば出かけるという風でした。
2013年はこの後、12月10日と30日に出かけているだけでした。
12月10日は米、赤米、餅などをもらいにK氏宅に伺っています。そして、年末の30日は息子と孫2人を連れて餅つきに参加しました。
「N氏の“ならやまフアーム”へいく。9時45分、息子と孫2人を平城山駅で待つ。K氏の作業場が餅つき場。たぶんK氏の工務店の人と思われる人たちが10人ほどで忙しく餅つきの準備、鯛焼をしていた。N氏の奥さんも参加(はじめは奥さんだとわからず。N 氏のことを“Nさん”とよんでいたので)孫たちは餅をついたり、丸めたり、鯛に飾りを乗せるなどして大喜びだった」

2014年
この年にこの組織が「共生学舎」であることを知り正式に加入しています。
6月29日(日)田植え
「息子や孫を連れて田植えに行く。妻も参加する予定だったが(田植えの句を作ろうと思っていた)トイレが近くにないと知り行くのをやめる。娘夫婦は仕事があり、孫らを田植えに連れて行くのをありがたがる。息子らと9時45分平城山駅で落ち合う。10時、田に行くとN氏、K氏ら4人が来ていて田植えの準備をしていた。10時30分、孫たちは一列に並び4~5本ずつ苗を植えていく。(もちろん裸足で)一番年下の孫は途中でリタイアするも、ほかの3人は端から端まで約1時間かかって植え終える。息子はN氏と組んでせっせと植えていく。小生はほかのところの草刈りを頼まれる。(エンジン付きの草刈り機で)テントの下で昼食。孫たちはカエルを捕まえたりして遊ぶ。N氏はしきりに空き地の耕作を小生にすすめる。」
9月16日(火)N氏の畑で作業
「作業は10時から3時まで。途中1時間の休憩。大根、ねぎ、ニンニクなどを植え、草刈りをする。」たぶん、N氏から連絡があり、N氏の畑で作業をしたのでしょう。
10月19日(日)稲刈り
「孫を連れて奈良の農場へ稲刈りに行く。天気が良いのが何よりだ。10時過ぎ農場に行くとすでにN氏は来ており刈り入れをしていた。息子家族も到着、機械で真ん中のところは刈り取るので機械が入れるよう他の周りを刈り取ってくれとのことでみんなで借り入れを始める。1週間前の台風の水がまだ残っており、ぬかるみになり苦戦するも、孫たちは大変よく頑張ってくれる。けがを心配していたが実にしっかり刈り取りをしてくれた。12時30分から13時30分まで昼食。K氏の奥さんがおにぎり、おでん、サラダなどを用意してくれる。午後から隣の田を刈り取る。男の孫たちがここでも頑張りなんとか3時ころには隣の田の刈り入れも終わる。」
なにかアットホームな、以前から日本の農村で見られたような風景、雰囲気(家族ぐるみで作業をし、昼食時はみんなでおにぎりをほおばり雑談に花を咲かせる)を感じさせてくれ、昨年の散々な刈り入れとは全く違い、満足感に浸されていたようでした。
12月13日(土)共生学舎の新役員
「10時、奈良の畑に行く。約1時間枯れ葉掃除。そのあとNPO法人「共生学舎」について12名の会員のうち10名が集まり今後のことを話し合う。Wさんという女性が司会をしてくれる。長老のNn氏が理事長、K氏が理事、Y氏は技術指導員というところか。一番若いKg氏は何でも知っている。」
12月30日(火)餅つき
「9時、孫を車に乗せてK氏のところへ行く。平城山で息子家族を乗せる。最初は餅つきのやり方がむつかしく大人ばかりでやっていたので孫たちは暇だった。縄跳びをしたり親しくなった子らと餅を丸めたりする。息子たちは鯛を入れる紙ケースに木の葉を乗せる仕事をする。ようやく孫たちに餅をつく順番が回ってきて、孫は張り切って今まで以上の回数をつく。女の子たちも息子が手を添え楽しく餅をつく。1時前に失礼する。」

2015年
2月14日(土)くぬぎの木にしいたけの菌入れ
「8時40分家を出て畑に行く。9時30分到着。1メールほどに切った木をキャタピラーの付いた小型運搬機で下のところまで移す作業をN氏とM氏といっしょにする。それを今度はK氏の小型トラックに積み替え、N 氏やK氏がはじめた「わくわくならやまフアーム」へ運ぶ。約40本のクヌギの木に電動ドリルで穴をあけ、そこに菌を入れるのだが、木の太さが50~80㎝もあり重たくなかなか作業がはかどらない。2時から3時30分まで共生学舎の例会、4時から5時までシイタケ菌入れ作業をする。くたくたになって帰ってくる。」

文責 中野 謹矢

2026年03月20日