シリーズ   元気にしていますか(5) 朝のキャッチボール

私が状差しの手紙に手をかけた時でした。
「さわるな!」
これが彼が発した第一声でした。彼はベッドにわたしに背を向けて寝ていました。しかし、気配で察したのでしょう。きつい調子で発した言葉でした。
3月に担任として卒業生を見送った後、再び3年のクラスを持つことになったのですが、その中に1年からずっと不登校だった○○君がいました。
彼の家は戸を開けるとすぐに階段があり、2階の3部屋に母と子ども2人が住んでいました。学校の帰りに家庭訪問をすると、お母さんが階段を下りてきて入り口で話をするのですが、「本人は寝ていますので」の一点張りで、なかなか本人と顔を合わせることができませんでした。いつもプリントを置いて母と雑談をして帰るだけでした。
1か月ほどして、私は意を決して「おかあさん、まだ一度も担任する○○君の顔を見たことがありません。今日はベッドに寝ていてもかまいませんので顔を見せてもらいます」と母親が階段を下りてくる前に、とんとんと階段を上がっていきました。
彼は奥の間のベッドに寝ていました。予想に反して、こざっぱりした部屋で机には新しい教科書が並んでいました。
「ちょっとだけ顔見せてえなあ」と言い、彼の横顔をのぞき込みました。目を閉じてねたままで、髪はこぎれいに散髪されて顔は色白でした。
母の話によると外に出るのは、漫画雑誌を買いに行く時だけで後はずっと家におり、風呂は真ん中の部屋でたらいにお湯を入れて入り、散髪は母親がしているとのこと。小学校の中学年頃から不登校でこのような生活になっていたそうです。これは私だけでどうこうすることもできないと、府立児童相談所のケースワーカーと二人三脚で取り組んでいくことにしました。
できるだけ太陽の光を浴びさせることが必要だと、階段の下にバットとグローブが置いてあるのに気が付き、毎朝、家の前でキャッチボールをすることにしました。1時間目の授業は2時間目以降にずらしてもらい、朝のホームルームが終わると私のグローブをもって彼の家に行きました。彼の部屋にはタイガースのワッペンが張ってあり、野球に興味があることはわかっていました。
母親には入り口の鍵はかけずに出勤してもらい、戸を開けて「おはよう、○○君。キャッチボールするで」と階段の下から何度か声をかけると、彼は帽子をかぶってゆっくりと階段を下りてきました。背は小柄で華奢な感じの子でした。約30分、雨の日以外はキャッチボールをしました。彼は速い球をわたしのグローブめがけて投げてきました。私は「学校に来い」などとは言いません。「ナイスボール」「次はカーブ」「今日は晴れてて気持ちええなあ」
夏休みは週に2回ほど寝屋川にある児童相談所に行きケースワーカーと卓球をしたりするようにし、彼の行動範囲を広げていくことにしました。しかし、相変わらず学校には出てこられませんでした。同学年生と会うのは緊張するようです。
卒業後の進路について母親、本人、ケースワーカーらと相談し、校区にある新聞販売店の店主に頼み、新聞配達をすることになりました。校長先生に「卒業は6か月延伸し、新聞配達が続いたら卒業証書を与えてやってください」とお願いしました。
6か月後、新聞販売店の店主は「よく頑張ってくれてます。今では夕刊も配達してもらい、集金の仕事もやってもらっています」とうれしい報告があり、校長室に旧3年の教員、○○君のお母さんが集まり彼だけの卒業式をしました。
その後、20歳くらいまでそば屋、美容室に勤めているという事は聞きましたが、その後のことはわからなくなりました。
先日、彼の家の前を通ったら、扉を開ければすぐ階段という彼の家は跡形もなく消え、周りには新しい3階建ての家が並んでいました。
(文責 中野 謹矢)

2025年02月06日