シリーズ   元気にしていますか(3)  「せ、先生。こ、これ持って帰りいや」

私の大学時代に流行っていた歌があります。加藤登紀子の「一人寝の子守歌」です。〇〇君の家を夜中の10時過ぎに家庭訪問をした際に、都会の中なのに物音ひとつしないシーンと静まった彼の部屋で、じっと彼の帰りを待っていた時、ふとこの歌が思い出されました。
「一人で寝る時にはよお~、膝小僧が寒かろう~」

1時間ほどして、彼は帰ってきました。彼は吃音で「せ、せんせい、な、なにししに、き、きたんや」
「この頃学校出てきてへんから、顔見に来たんや。どないしてるんや?」
その頃、彼は暴走族の仲間と、深夜、ものすごい騒音をまき散らしながら町中をバイクで走り回るようになっていました。正月過ぎに身柄を引き取りに警察に行ったこともありました。
雑談をして、「明日は学校に出てこいや」と言って帰りかけると、
「さ、寒いやろ。こ、これ持って帰れや」と言ってホッカロンを差し出してくれ、そして、
「こ、これも、こ、子どもに持って帰りいな」とトラ吉の人形まで持たせてくれました。この彼の気遣い、私はうれしくなり心も温かくなりました。
「ありがとう。すまんな。もろてかえるわ」
家で1対1で話をすると彼の柔らかな表情と他人を思いやる暖かさでうれしくなるのですが、学校の中ではつっぱり、鋭い目でこちらをにらみつけ、
「う、うるさいいんじゃ、ぼ、ぼけ、こ、殺したろか」などと言うこともあり、何度もつかみ合ったことがありました。
彼がなぜ暴走族に入ったり、ごんた連中とつるんでいるのか、シーンと静まり返った寒い部屋で彼を待っているときに、実感として彼の寂しさというものが私に迫ってきました。大学生でも独りぼっちを耐えて生き抜くのは大変ですが、ましてや中学生でこの寂しさを耐えて生き抜くのはどれほど大変か。
家庭は複雑で祖父母、母、子ども3人での生活ですが、夜は大人は仕事に出かけ、子どもたちだけが家にいました。
勉強は学校に出てくることが少なくなりちんぷんかんぷんで、椅子に座って何時間も授業を受けることはできません。吃音というハンデイキャップもあり、力で教師と対峙することでしか自分の存在を同学年生らに認めさせる方法はないと思ったのでしょう。また、どうしょうもない鬱屈した感情が爆発したのかもしれません。
しかし、友達は「〇〇は無茶しよるからな。ここまでやという限界がわからへんのや」といって、彼から離れていきました。結局、彼の孤独感はどんどん深まり、彼の寂しさをまぎらわせ、忘れさせてくれるところ、つまり彼の居場所は家庭でも学校でもなく、暴走族やツッパリグループの中にしか見出すことができなかったのでしょう。
卒業時は「学校に迷惑をかけてもいけないので、家で働き口を探します」という事で学校とのつながりは切れてしまいました。
変形学生服で、髪の毛をリーゼントにして登校し、学ランを着て卒業していった彼はもう55歳になっています。
小学校の卒業文集に「きれいな嫁さんとかわいい子どもがいる家庭をもつ」と書いていましたが、いろいろ苦労をしながら、きっといい父親をしていることでしょう。
(文責 中野 謹矢) 

2025年01月23日