2026年
3月1日(日)竹林周りに新しいロープを張る
「いよいよ今月で共生学舎を卒業。9:15に畑につくと多くの人が来ていた。近大の女子学生は1~2回来ただけで退会する。9:30から定例会。4月から定例会が第2・4日曜日に変わる。やめてよかった。これでは妻のマンドリン送迎の日と重なり、出席はできない。今日は竹林のロープ張りをする。人数を募るもNg氏と小生のみ。とりあえず杭を抜き、古いロープを外す。ところが木の杭の半分くらいは根から腐っており、どうするか。予備の杭はなく、とりあえず10本ほど竹で杭を作ったが,Ng氏はこれではだめだという。Ng氏が、To氏が持っている金具に目をつけ、もらいに行く。電動ノコでNg氏が適当な長さに切っていく。それを2人で斜面に打ち込み終わったのが12:00前。ロープ張の助っ人を呼びに行き、数名が駆けつけてくれる。ようやく新しいロープに張り終えたのは1:00前だった。」
3月6日(金)“私の日記から見た共生学舎の歩み”を書き始める
「共生学舎のHPに載せる“私の日記から見た共生学舎の歩み”をパソコンに打ち込む。何とか3回分まで書けた。しかしまだ2016年のところ。2026年までとなるとあと10年分。あと何回書かねばならないのか。しかし、きちんと残しておかねばと思う。」
3月21日(土)共生学舎の活動にピリオドを打つ
「最後の定例会に行く。目が覚めたのが8:00.慌てて着替えをして家を出る。9:20につくが定例会は始まっておらず。H氏がトヨタのスポーツカーからトヨタの電気自動車(bZ4)に乗り換えてくる。新しい電気自動車は昨年11月に発売したばかり。H氏は販売店第1号の購入者で、1年間、急速充電(約30分)の無料サービスがつくらしい。D氏もデリカミニに乗り換えてくる。竹林A地区をH氏と見に行く。残念ながら10本ほどしか見つからず。うち3本ほどはひょろ長いもので、地下の部分は太くなっていない。来月11日がイベントの予定だが、1週間延ばしたほうがいいかもしれない。定例会の最後に退会のあいさつをさせてもらう。畑を出る前に、懐かしいテント下、花壇、水田、竹林などを一通り見てまわる。帰りに元理事でお世話になったK氏の仏壇に退会の報告とお礼を言いに行く。K氏がなくなって2年。奥さんは元気にしていた。上の畑にいつもは行っているという。隣は娘さん家族が住んでいる。4月からは息子さんも大阪勤務となり、単身赴任で一緒に住むとのこと。奥さんは小生の車が曲がり角を回って見えなくなるまで見送ってくれる。天気は晴れ、あたたかい。さわやかな気分で畑を後にする。」
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26回にわたった私の連載も終わりました。古い会員の人は懐かしく思い出すこともあったのではないでしょうか。メンバーの中には、日記を日々つけられている人もおられます。ひょっとして私が勘違いしたり、間違った記述をしているところもあるかと思います。気づかれた方は是非、ここはこうだったとか、私が思ったのはこうだったといったことを、また、日記を書いていない人も、こんなエピソードを思い出したとか、こんなことを考えているなど、この欄に投稿していただけたら、私の拙文も少しは役立つのではないでしょうか。
私が共生学舎で、畑に野菜を作ったり果樹を栽培することなく、10年以上も活動を続けられてきたのは、現役時代の職種や特技、個性の違う人たちと、対等の立場で、いろいろ大変な仕事を、一緒にやってきたところにあると思います。詳しくはこの「わいわいがやがや」に以前掲載した「どうしてしんどい思いをして興味のないことをしているの?」に書いていますのでご覧ください。
私は現在、ボランテイア活動として、大阪歴史博物館で、地下にある前期難波の宮(飛鳥時代)の遺構の案内を、月3回ほどしています。ボランテイアガイドをしている人は、歴史が好きで、あまり知られていない難波の宮を、もっと知ってもらいたいという情熱を持っています。また、共生学舎と同じで、リタイア前の職種もバラバラ、特技・個性も様々な人たちが、集まってきています。これらの人たちとのかかわりの中で、新しく、楽しい、わくわくするものを見つけていけたらと思っています。さしあったては、ボランテイアガイド仲間数名で、各自がかわるがわる企画運営するフイールドワークなどをやり始めています。1回目は私が全く知らなかった、堺の深井にある行基が、農民とともに作ったといわれる土塔や、古墳時代以降、須恵器を大量に作っていた陶邑(すえむら)を探訪、2回目は大河ドラマにあやかって、豊臣秀長とかかわりの深い郡山城と箱本十三町を、大和郡山市のボランテイアガイドの会長さんに案内してもらいました。
共生学舎も昨年よりNPO法人を返上し、長い間、水田耕作を続けてきた田(2~5号田)も奈良県に返し、新たな形で進みつつあります。1号田は稲作ではなく、子どもたちが、自然に触れられる場所や、ビオトープなどの自然環境を守る場所として生かしていくことも構想されているようです。また、果樹や桜などの木々も植えて、四季折々の変化のある景観を、歌姫街道の東、佐紀古墳群の北東の歴史的に由緒のある地に、残そうとしています。
どうか関心のある人は、共生学舎に入っていただき、いろいろな個性、特技を持った人たちと楽しくかかわる中で、自分の活動の場を広げていってみてください。
共生学舎の益々の発展を祈っています。本当に長い間、ありがとうございました。
中野 謹矢
文責 中野 謹矢