2024年
7月14日(日)体の節々が痛くなり、発熱。夜には悪寒が走り、布団を2枚かぶっても震えが止まらず、寝ることができませんでした。翌日は、月曜日ですが「海の日」で医者は休み。バフアリンやベンザブロックを飲んでも効果なし。午後7時30分に体温を測ったら39.1℃にもなり、さすがに体がぐったりしました。翌日、医者に行くとコロナということが判明。高い薬を処方してもらったのですが、どこの薬局に行ってもその薬はなく、ようやく、松下病院の前の薬局で「3時に入荷する予定なので、入り次第配達する」と言ってくれ、ほっとしました。高価な薬は高いだけあってよく効き、夜には平熱に戻りました。
水曜日に妻も医者に連れていくとコロナに感染していました。T氏がメールで「コロナにかかり定例会に出られない」との連絡がありました。また、M氏の娘さんもコロナにかかったのことでM氏も欠席。もちろん、わたしも21日の定例会は欠席しました。この時期、またまたコロナが広がっていたことがわかります。
8月4日(日)35℃越えの中 草刈りをする
「朝から35度を超える猛暑。道沿いの草刈りを担当。久しぶりに草刈り機を操作する。道沿いの後は5号田の周りの草を刈る。会議は10:00過ぎに始まり30分で終わる。弁当を持ってきたが、こんな時間から食べるわけにもいかず、Tk氏、N氏に挨拶して11時に畑を出る。」
9月1日(日)国道土手下の除草作業をする
「台風の影響もなく畑に行く。N氏は頻尿のため医者へ行き今日は休み。T氏はごっそと痩せていたので聞くとコロナで5キロもやせたという。完治するのに1か月もかかったとのこと。しきりに“中野さんが飲んだ高い薬をのんでいたら・・・”という。国道の土手下の看板に雑草がかぶさっていたので、Mc氏と取り除き、付近の除草作業をする。作業は1時間ほどで終わり、早弁をして12時に畑を出る。」
9月15日(日)は旅行のため。10月6日(日)はもう65歳になる、私が中学校教員になって最初に担任をした学年の同窓会があり、定例会を欠席しました。
10月10日(木)今年も多難な稲刈り コンバインが故障
「9時集合というので、7:50家を出る。Ng氏に久しぶりに会う。稲がどういうわけか何か所かで倒れている。コンバインは5号田のところで故障し、ストップしてしまう。脱穀したコメがタンクにたまらない。I氏とNg氏が四苦八苦して、約1時間後には動き始め、やれやれと思っていたら、今度はピンが折れてしまう。Nm氏がピンを買いに走る。小生らはコンバインが入れるよう、田の四隅を刈り、倒れている稲を手刈りする。作業は続いているが、6時から親戚の通夜に出なければならないので、3時に失礼する。」
10月11日(金)コンバインのキャタピラーが切れる! 日没まで作業
「10:10畑に行く。快調に動いてくれていたコンバインも3号田を刈り始めて、少しするとダウン。なんとキャタピラーが切れてしまう。大原農機に来てもらったが修理不能。キャタピラー1個、純正品だと10万もするという。シートをかぶせられていたMj氏のコンバインの出番となる。大原農機の兄ちゃんに手伝ってもらい、ようやく動き出す。3号田、1号田、2号田の途中で日没。作業を終える。Mj氏のコンバイン様様だった。5:30に畑を出て、途中、“よってって”でシャインマスカット、柿を買い、ガソリンを入れたりして家に着いたのは7:30だった。明日は稲刈りイベント、大変なり。」
10月12日(土)怒涛の3日間がようやく終わる
「9:30に畑に行く。ぼちぼちと高畑と海の森の子どもと親が集まってくる。10:10イベントが始まる。最初は記念写真。O理事長のあいさつの後,N氏の稲についての話.N氏の話は親らが“ふーん、なるほど”といった反応と拍手があり、短い中に人の心に残る話で大変好評だった。小生は準備していた話をやめて、鎌の使い方と注意すべき点を説明し、どこから借り始めるのかを指示する。11:00にすべて刈り終える。小学4年生の男の子は熱心に上手に刈り入れ、一番最初に田に道を作る。“君は稲刈りマイスターや”とほめる。イベントの後は2号田に。やはり泥田のところにはコンバインは入れられず,I氏より手刈りを依頼され、N氏,Oc氏と3人で手刈りをする。12:00過ぎにようやく2号田の刈り取りを終える。昼食後、13:00より脱穀を始める。2号田、1号田の畔に置いてある稲束を機械に入れていく。2:00作業を終えるも、オーバーワークで機械から煙が出る。2:30軽トラに籾を積みこむ。小生は孫の誕生パーテイのため大津に行かねばならないので、3:00畑を出る。怒涛の3日間がようやく終わった。」
10月13日(日)今年の収穫量は昨年より減ったが、質は良いと褒められる
「午前中、妻をマンドリン練習に送っていく。午後、日産にキーの電池交換に行き、そのあと、精華町の山田氏のところに玄米を取りに行く。O氏,H氏、I氏,Mc氏が来ていた。今年は20袋しか収穫できず。(正確には19袋+24㎏)昨年より5袋も減ったが、質はいいと山田氏に褒められる。17:00妻を迎えに行く。」
10月20日(日)コンバインの泥を高圧洗浄機で落とす
「竹林A地区の斜面の草刈りと、午後からT氏を助け、コンバインの掃除をする。高圧洗浄機でキャタピラーや車体の底にこびりついた泥を落とす。」
11月3日(日)の定例会は、次男家族が久しぶりに東京から帰ってきたので、奈良観光に出かけ、定例会を休みました。
11月17日(日)昼食時 断捨離の話をする
「9:15に畑に行くと、駐車場はいつもN氏が置いているところしか空いておらず。9:30より定例会。12月1日に餅つき大会をすることが決まる。T氏が今年もいろいろと準備してくれる。前日からの準備があり、手伝いに行かねばならないのだが、所用のため行けず、申し訳ない。5号田の浚渫をT氏,N氏、O氏と小生の4人でやることになっていたが、N氏は草刈り、O氏は記録写真であちこち行くので、実質、小生とT氏で作業をする。左腕と腰に負担がかかる。11:30昼食をとる。I氏のご母堂が98歳で亡くなる。話は断捨離の話になり、Ng氏はダイビング道具一式を息子にメリカリで売ってもらったところ、10万円にもなり息子に4万円渡したとのこと。H氏は人に見られてまずいものは、直接、奈良市の焼却場に持っていくという。O氏は大量の名刺を廃棄したそうだ。Ng氏は来週、弓道の6段への昇段試験。」
12月1日(日)餅つきイベント 始まる前に雑談をする
「今日は餅つき大会。9時に畑につく。O氏,M氏,Ng氏らと話をする。O氏は昨日、車に追突され、肩が重くなり、病院でレントゲンを撮ってもらう。異常なしだったが、2週間後に再検査とのこと。Ng氏は合格率3%の昇段試験に今回も落ちる。M氏は、今日のため、大根4本を、大根おろしにするのが大変だったという。T氏は風邪気味。」
筋ジストロフイーで長い間、病院に入っていた教え子(46歳)がこの日の午前中に亡くなったり、95歳の叔父が5月24日に亡くなっていたことを知ったことなどがあり、日記はそのことについての記述が多く、餅つき大会のことはあまり詳しく書いていませんでした。
12月15日(日)上の倉庫横竹林を整備
「9時半より定例会。新しい役員が決まる。Mc氏は連絡なしで欠席する。T氏に電話をしてもらうように依頼する。10:00~11:30まで上の倉庫横の竹林整備をNg氏、T氏、M氏,Oc氏ら5人でする。帰り際、Ng氏が“大根1本持って帰りいや”と声をかけてくれる。彼の畑から、大きいのを1本引き抜いて、持って帰る。」
文責 中野 謹矢