2022年
10月15日(土)親子体験稲刈りイベント 子どもはパンジーも植える
「畑のほうは今回親子体験稲刈りイベントと、まだ刈り取ってない5号田の手刈りなど大変だったよう。M氏とKmさんは子どもたちにパンジーを植えさせてくれる。子どもたちも元気が良くて、親子ともども好評だったようだ。」
10月16日(日)総動員で刈り取りをする
「天気も良く、昨日刈り取った米をY氏のところで脱穀、乾燥させ、午後にみんなに配ることになっていたが、残念ながら、今年はコンバインが泥田に入って身動きできず、予定していた脱穀は昨日できず、今日も総動員で刈り取りをして、脱穀できるようにするらしい。天気が良いのはいいが、暑さが25度を超えみんな大変だと思う。参加できず、申し訳ない気がする。」
10月17日(月)今年の収穫量は玄米27袋(810㎏)と10㎏
「コメの脱穀、乾燥が1日遅れ、今日の1時過ぎにみんなの手元に配ることができるようになる。Mc氏より小生が頼んでいた30キロの米を、4時に守口駅西口に持っていくと連絡あり。今年は30袋の目標は達成できず、27袋+10㎏だった。I氏によると風のせいで稲穂が倒れ、泥田につかってしまい、5号田は結局手刈りするしかなかったという。Mj氏に聞くと栄養のやりすぎと水はけの悪さが原因だろうという。I氏とO氏の奮闘で何とか27袋確保できたという感じ。」
11月13日(日)“わいわいがやがや”に原稿を送る
「H氏に“わいわいがやがや”の原稿の2回目を送る。3回目までは書けているが、4回目以降はなかなか筆が進まない。800字で一つのテーマをまとめるのはなかなか大変である。なんとか、なぜ共生学舎に自分は行っているのかまとめたいものである。12月の定例会は餅つき大会、果たして参加できるかどうか。妻はようやく一人でトイレに行けるようになるが、食事を立って作るのはだめ。」
11月20日(日)定例会は中止だが,Kmさん,On氏、Oc氏ら清掃活動をする
「共生学舎のHP原稿3回目をH氏に送る。今日は雨の予報で共生学舎の定例会は中止になる。しかし、雨はあまり降らず,M氏のラインによると,Kmさん、On氏が花壇周りの清掃を、Oc氏がいつものようにゴミ拾いをしてくれたとのこと。共生学舎には年明けから行くようにしようと思う。」
12月4日(日)餅つき大会でHs夫妻は畑仕事を引退すると宣言
「共生学舎は餅つき大会。Mc氏は孫と参加。楽しんだようだ。雨が降らず何よりだ。Hs夫妻もきて、もう年なので畑仕事を卒業するとあいさつされたとのこと。夏、冬にお中元(そうめん)、お歳暮(のり)を私たちに必ず下さった。N氏、O氏、To氏はよく親しく話をしていた。Hs氏は85歳を超えているのではないだろうか。」
2023年
1月8日(日)3か月ぶりに畑に行く
「3か月ぶりに畑に行く。花壇はきれいに東西方向に畝が作られていた。Kmさんの旦那さんが作ってくれたとのこと。Kmさんは右手首を痛めており、無理をしないように言う。花壇を耕す前に坂道の溝にたまった枯れ葉を小生とH氏でとる。H氏は会社員だったころアメリカには3か月ほど住んだことがあるという。現在はマンション住まい。N氏が花壇の畝と畝の間の溝を20cmほど深く掘り、そこに枯れ葉をまき、その上に肥料をまいておいてくれる。N氏は水仙を持ってきてくれたのでそれを植える。Kmさんは1947年生まれ。子ども3人、孫5人。小生の家族構成によく似ている。22年間夫の親と同居、介護もする。」
1月22日(日)またまた 花壇より鉄くずが
「今日は忙しかった。8:25に家を出て畑へ。花壇に球根を植えるのは3月に入ってからなので、花壇はMwさん、Kmさんに任せ,T氏と水路の浚渫に従事。泥だらけになる。11時に畑を出て、12時帰宅、12時30分妻をマンドリン練習に送っていく。午後から花壇が大変だったようだ。Mc氏ら埋まっていた鉄くずを出すのに一苦労する。」
2月5日(日)Kmさん 花壇の図面を見せてくれる
「天気も良く、気温も高い。立春が過ぎているので春だ。小生は9:30~11:00まで5号田の水路の浚渫をする。今日ですっかり土をあげることができる。花壇はN氏が西側半分に肥料を入れ耕してくれる。その後、どのような花壇にするのか、円形にしてはどうかなど話をする。小生はみんなに花を持ち寄ってもらってはどうかなど考えているという。Kmさんは自分の作った図面を見せてくれる。小生は“Kmさんが考え、旦那さんが畝も作ったりしてくれたので、この図面のようにアマリリスやカラーを植えましょう、次回の定例会までにそれらの種を買ってくる”という。次年度の理事長の話をT氏やM氏とする。」
2月19日(日)の定例会は雨天中止
2月25日(土)背中に突然の痛み 水路工事に参加できず
「昨日,Ng氏より水路工事をするので参加者募集のメールが入っていたが、昨日の朝から背中に時々息が止まるような痛みが走り、整形外科に行き痛み止めの注射をしてもらい、10回分の痛み止めをもらっている状態なので、いけない旨連絡する。早速,N氏より見舞いのメールが入る。」
3月5日(日)花壇から身を引くことを決断
「Nt君に来るかどうかメールをするも返事なし。少し心配になる。9:30畑に行く。今日はカラーとアマリリスを植えるつもりだったが、今日の役割分担は花壇にOn氏の名があり、小生は水田整備になっていた。小生はNg氏、T氏,I氏らと水田づくりをする。午後からはKmさん、On氏とOn氏が連れてきたもう一人の人で花壇の整地と球根の植え付けをしていた。Kmさんは小生のいない間,On氏が肥料を入れ、きれいに花壇を整地してくれたと話してくれる。夜、次年度は自分は花壇から身を引き,On氏中心にkmさん、Mwさんらでやってもらったほうがいいと考え、そのことをM氏,O氏に明朝メールで送るようにする。」
3月6日(月)On氏 花壇には消極的
「9時前にメールをO氏,M氏に送る。夕方,M氏から返事あり。On氏から花壇についてはいろいろ聞いており、ではどうしたらいいかと聞くと答えはなかったとのこと。そして、花壇はKmさんから頼まれているので仕方なくやっているとのことで、山茶花はどこに植えたらいいかと聞いても“知らん”としか答えが返ってこなかったという。」
3月15日(水)2・3号田の横の水路整備をする 水路の壁にトタン板
「水路補修のため畑に行く。日曜と違って平日は通勤のためか交通量も多く、7:50に家を出て、畑についたのは9:15だった。すでにリーダーのNg氏やT氏,O氏ともう一人新しく入ってきた人らが来ていた。トタン板を水路の壁にするため杭打ちと土手斜面の削り作業を行う。小生は杭打ちは苦手なので、もっぱらスコップで土を削る作業をする。12時過ぎに2・3号田横の水路がほぼ完成する。11時過ぎには,I氏とTd氏も来る。昼食後,O氏と話をする。現在、竹林担当のNg氏は次年度、弓道、ゴルフ、体育連盟の仕事と大変忙しくなるので、竹林整備のほうをやってほしいといわれる。」
文責 中野 謹矢