松下氏による松下政経塾の設立

わが国の近代史を紐解くと、明治維新を成し遂げ西欧列強を凌駕するほどの影響力を及ぼすまでになりましたが、その後太平洋戦争によって国土は荒廃し、物心共に壊滅的なダメージを受けることになりました。
しかし、多くの人達の不屈の精神で国力を復興させ、世界から東洋の奇跡と呼ばれるような目覚ましい経済発展を遂げ、1970年代には日本経済は黄金期を迎えました。そして、多くの人達が前途洋々たる未来が待ち受けていると確信していたと思います。しかし、この絶頂期にあって松下幸之助氏は自らの経験と直感から日本の将来について大きな不安を抱いていました。
〝今は残念ながら自分のことしか考えない、目先のことしか考えない人が増えてきている。しかし、自分のことや目先のことしか考えられなくなったら必ずゆきづまる。これは人間でも会社でも国家でも同じことである。とりわけ日本という国の進路を示す立場の政治家が将来のことを考えていない。言い換えると『国家百年の計』を持った政治家がいない。このままの政治が続けば必ず日本は衰退する。〟
そして、この危機感が募り、1979年(昭和54年)に70億円という私財を投げ打って松下政経塾を開塾されたのです。その時松下氏は既に84歳という高齢になっていました。
その後、しばらくして日本はバブル景気が崩壊し失われた20年、30年と言われる低迷期を迎えることになり、今日に至っています。まさに、松下氏の恐れていたことが現実になってしまったのです。今の日本は経済、防衛、福祉、医療、教育、食料、エネルギー等多くの分野で非常に厳しい状況下にありますが、未だに国家としての将来ビジョンが明確になっているとは言えません。
日本再生のためには政治家や企業のトップの役割は極めて重要ですが、国民一人ひとりが自己中心的な言動を控え、社会や将来のことを考えて行動していかなければならないと思っています。
(文責 中尾直史)

2025年02月16日