
太平洋戦争で敗戦した日本は全土が戦禍に見舞われ、多くの人が絶望の淵に立ち将来に対する希望を失っていました。当然のことながら創業以来順調に生成発展してきた松下電器の事業も大きな被害を受け再開のめどが立たない状況でした。この時、松下氏は間もなく50歳の誕生日を迎える寸前でした。当時はまだ平均寿命が50歳くらいだったので、このような状況に陥ると自分の人生は終わったと思うのが通常です。しかし、松下氏は戦争後の焼け野が原を目の前にし、何としても日本の復興をはかり〝繁栄によって平和と幸福を実現する〟という強い願いを秘めて『PHP(Peace
and Happiness through Prosperity)』活動を推進されました。
松下氏の素晴らしいところは自分自身や事業のことよりも国や国民のことを考えて行動を起こすという強い志で生き抜く決意をされたということです。
このPHP活動は、平和、幸福、繁栄に関する諸問題を、人間の本質に照らして、衆知を集めつつ研究し、お互いの力で明るく住みよい社会を築くことを目指しています。
天風がまさに〝お前は何のためにこの世の中に生まれてきたのかよく考えて見ろ〟といった言葉を具現化されたということが言えるのではないでしょうか。
これまで「優れた経営者」と言われる人は数多くおられますが、例外なく事業を通じて社会に貢献するという視点を有しておられます。最近の企業のトップの中には事業を私物化するというケースも散見されますが、〝事業は公器である〟という考え方が必要なのではないかと思っています。
(文責 中尾直史)